アロンという大きな魔物の世話になって3日目。
初日は、体全体が痛くて一晩中呻いていた。うるさかったのか、途中でアロンが起きてきて「あんまりうるせえと他のやつらに感づかれるぞ」と脅されてしまった。夢うつつに呻いてしまうんだと、言い訳がましくいうルツに、魔物は「じゃあ呻きだしたら、起こす」と言って、見張るように胡坐をかいて目を閉じていた。
「少しは動けるようになったんじゃないか?」
初日、昨日、そして今日、面倒そうにではあったが、怪我をさせた張本人のマドは毎日やってきてルツに治癒魔法を施してくれる。
今日もどこかで大規模な「実験」をしてきたらしい。それで消耗の激しい治癒を平然とやってのけるのだから、やはり並みの女ではない。
マドに言われて、長い間うつぶせだった姿勢から、横向きに転がってみる。痛いが動けないほどではない。起き上がれるだろうか?と思って、腕に力を入れてみたが、その途端に顔をゆがめることになった。
起きるのは無理か、とため息をつくルツに、離れたところで何やらしていたアロンが口を開く。
「三日目でその調子なら、上々だろ」
「あぁ、すごいな。ありがとうマド」
「ありがとうございます、だろう」
すかさず飛んでくる訂正に、アロンはクスリと笑った。マドは一瞬きょとんとして、いつものように不敵に笑う。
「お前もだいぶんこの生活に慣れたようじゃな。昨日はピーピー泣いていたくせに」
(頼む。早く治してくれ)
脳内で、自分の切羽詰まった声が蘇る。居心地悪そうにルツは「う…」と呻いて、コロリとうつぶせに戻った。
「寝転がっていればいいなんて、いい生活じゃないか。
飯は出てくるし、
…下の世話もしれくれるしな、ブフっ」
耐えきれないように噴き出す女を、恨めしそうに睨む。
そう、昨日ルツが半泣きでマドに懇願したのは、早くこの介護生活から解放されたかったからだ。
食事はまだよかった。赤子にするように匙で食べさせてもらうのも、もちろん恥ずかしかったが、確かに少し慣れてきた。
しかし排泄に関しては、穴があったら入りたいほどに、現在進行形で恥ずかしい思いをしている。催したら自分から頼まないといけないのだ。情けなくて泣いてしまいそうだ。
事実、昨日は本当に泣いた。頼むことを躊躇っているうちに、我慢できなくなって漏らしてしまったのだ。ルツの自尊心はこの数日でズタズタのバッキバキだった。
うつぶせのまま嗚咽を漏らしはじめたルツに、アロンは一瞬何事かと目を丸くしていたが、匂いで気づいたのだろう。ルツを動かし、敷き物を丸め、下に敷いていた藁のようなものを片付けて、それらを新しいものに変え、ルツを着替えさせ、また寝かした。
その間、アロンはずっと無言だった。それがルツには堪らなかった。
蚊の鳴くような声で「すまない」と謝るルツに、「次からは言え」とアロンは言った。もうあんな思いはごめんだと、それからは恥を忍んで頼んでいる。するとアロンが器を持ってきてくれるのだ。
「面倒な男だ」
まだ笑いの収まらないマドに歯ぎしりしながら、ぷいと横を向く。マドの背後でアロンも、同意して、「あぁ、面倒な男なんだ」と笑っている。
早く自力で、用が足せるようになりたい。
ため息をつくルツだった。