【完結】パーティーに置いてけぼりにされたら魔物に囲われたんだけど18

2022/11/22

18-1魔物に囲われ


パーティーに置いてけぼりにされたら魔物に囲われたんだけど


腰が甘く痺れて、まだ抱き足りないと思いながらも、アロンは体を起こした。くったりとしたルツを抱えて、近くの川へ行く。魔物につけられたあれこれを落としていると、冷たい川の水のおかげでルツもようやく意識がはっきりしたようだ。

「なぁアロン。あとどのくらいで生まれるんだ…?」

「そんなにはかからないだろうな」

複数の魔物でより多くの精を注いだほうが早く生まれるんだったな、と脳裏に自分を取り囲んだ魔物たちの様子が思い出されて、ブルリと震える。

「い、痛いのか?」

どうにかマドに頼んで、痛くないようにできないかと考える。


「な、んか、あつ…」

ふうと息を吐くルツを抱えて、アロンは岸に座ると膝に乗せた。

「も、もう少し川で涼も、」

「だめだ。もう生まれる」

もううまれる、とぼんやり復唱して、「え」とアロンを見上げた。

「も、もう?!早すぎないか?」

「こんなものだ。あの人数で、元カシラもいたからな」

まだ猶予があると思っていたルツは、怯えたようにアロンの服を掴む。その手を上から掴んでアロンはルツを覗き込んだ。

「大丈夫。こいつは俺の子だ。母体に無理なことはしないさ」

「でも…、うぅ熱い…っはぁっ、あぁ」

腹が熱い。アロンが言うにはそれが出産の兆候らしい。じっとしていられず、もぞもぞとアロンの膝の上で悶える。


しばらくそうして、小さく丸まろうとする体を、アロンに膝裏を掴まれて大きく開かされた時だった。

ルツの体が大きく跳ねる。

「っはぁああぁああッ!」

そして腹がぽこんぽこんと動いたかと思うと、ずるりと「それ」が出てきた。

「はぁっ、あっあっ、出た?出た?」

「あぁ出た」

仰け反って上を見ていたルツは、恐る恐るそちらを見た。しぼみかけた風船かボールのように見えたそれは、見る見るうちに一匹の魔物になる。


アロンの肌に似た色の赤ん坊は、顔の5分の1ほどはありそうな大きな目をぱっちりと開き「グギャァ」と不思議な泣き声をひとつあげた。

「あ…」

心に沸いた感情が「こわい」ではなく「かわいい」だったことに安堵する。そろりと手を伸ばして抱き上げる。

「へへ、アロンにそっくりだ」

胸に抱いて笑うルツと、大きな目をクリクリと動かして、初めての世界を見ている赤ん坊とを、アロンはぎゅうと抱きしめた。



「遅い!!痛い!!」

家に戻ってきたアロンとルツと赤ん坊を見て、臥せっていたマドが吠える。魔法で回復することももちろんできたのだが、アロンとの交換のことを考えて、敢えて我慢していたのだ。

「悪かった。どうすればいい」

「わしの横に寝ころべ。早うせい!」

そこにはあらかじめ、事を進めやすいように魔法陣が書かれていた。新しくオカシラになったバサラと、ルツと赤ん坊が興味深そうに見つめる中、言われたとおりにアロンは仰向けに寝そべった。

対してうつぶせのマドは、アロンがきちんと場所に収まったのを見て、ブツブツ何かを唱え始める。

マドの体が次第に白い光の粒のようなになっていき、アロンの体は黒い霧のようになっていく。二つがぐるりと交差したり、混ざりあったりして、またふたつに分かれ、人の形を作った。


無意識に息を止めて、赤ん坊を抱きしめていたルツは、アロン側のまだ朧げな人影がむくりと起き上がったのを見て、思わず声をかける。

「アロン?」

「いや、あれはマドだな」

横で座って見ていたオカシラがぼそりと呟く。マドは次第に輪郭をはっきりさせて、ニヤリと笑った。見た目は人間だった頃とそう変わらないが、身長だけは元のマドよりはずいぶん大きくなった。

「やった…!魔物になったぞ!おいアロン起きろ!ちゃんと人間になってるか?!」

隣でうつぶせになっている背を、嬉し気に叩く。「うっ」と呻いて、のそりと起き上がった男は、自分の手をちらりと見て、ルツに尋ねた。

「自分じゃわからん…。人間になれてるか?」

ルツはじっくりと、アロンを見た。

下あごから生えていた牙も、額から角もなくなった。人には到達できないほど大きかった体も、「大柄」で通る大きさになった。硬質そうで灰色がかった肌も、ルツと変わりない色に。

でも、アロンだった雰囲気と、知性を湛えた目はそのままだった。

「うん。ちゃんと人間になってる。でも、うん。アロンはアロンだ」

傍に近寄って、抱きしめ合う。


オカシラは「うへぇ」という顔をして、腕を擦った。

「人間になったなら、早いところ出て行けよ?今日までは目を瞑ってやる」

「あぁ、すぐに出ていく。で、バサラ、頼みがあるんだが」

いままでアロンがオカシラに頼み事をしたことはなかったらしい。少し驚いた顔をして、「最後だからな。特別に聞いてやる」と頷いた彼に、アロンはルツが抱いている魔物の赤ん坊を指さした。

「こいつのことを頼みたい。面倒見てやってくれ」

「げぇっ!…って、まぁ想像してはいたけどな」

人間となったアロンでは、魔物の子を育てるのは難しい。言われるだろうと思っていたので、オカシラは仕方なさそうにではあるが、頷いた。

「…やっぱり連れていけないのか?」

ルツは少し寂し気に、赤ん坊を抱きしめる。

「連れて行ってもいいが、こいつは一生、人間から隠れて生きなきゃいけないぞ。

一度人間に育てられたら、魔物の仲間にもなれない。バサラに預けるのが適任だ」

「・・・そうだな」

スンと鼻を啜って、オカシラに手渡す。彼は片手でひょいと赤子を抱えた。

「前のカシラが死んで、アロンもいなくなるし。まぁマドが仲間入りしたが、戦力は多いほうがいいからな。任せておけ」

「で、こいつは名前があるのか?」

部屋をうろうろ動き回りながら、新しい体の感覚を確かめていたマドが、赤ん坊の顔を覗き込む。


「デュクロンだ」

「デュクロン。ふぅん」

そうやってオカシラとマドに囲まれていると、彼らが親のように見えてきて、ルツは少し寂しい気持ちになる。

じっと見ていると、横から肩を抱き寄せられた。

「着替えるぞ。お前のはここに来た時のを保管してある」

療養中に来ていた簡素な服は元々アロンが用意したものであり、しかも魔物たちに捕まった際にもう着られる状態ではなくなってしまったのだ。

暗くなる前にここを離れて、ある程度安全なところまで行かなくてはいけない。ルツもどうにか気持ちを切り替えて、久しぶりな感じのする衣服を身に着けていく。


そしてすっかり旅支度を整えると、アロンとルツはオカシラやマド、そして泣きもせず、じっと両親を見つめている赤ん坊に挨拶した。

「じゃあな。頼んだぞ」

「あぁ」

「デュクロン、元気でな。マドも」

「ふふ。もうわしの魔術に巻き込まれるなよ」

ルツは一度だけデュクロンの頭を撫でて、先に家を出て待っているアロンの後を追った。

外に出ていた魔物たちが、アロンの姿を見て「まじかよ」「人間かぶれはアロンの方だったのか」とひそひそ囁き合っている。先ほどのこともあって、襲われたりしないかとルツはヒヤヒヤしていたが、後ろでオカシラが目を光らせていたため、無事に村を抜け出すことができた。


「さて、どこに向かうかな」

出会った山道に立った二人は、道のあっちとこっちを見る。

「とにかく魔王の住んでいる城から遠いほうがいいんだろ?」

そうなるとこっちだな。と長年の冒険者の知恵を見せるルツに、大柄な男、アロンは「頼もしいな」と笑った。

その優しいまなざしに盛大に照れて、ルツはさっさと歩きだす。

人間としては後輩のアロンが追いかけてきて、すぐ横に並ぶと、ルツはぽつりと話し始めた。

「なぁアロン。俺さ…。

どこか落ち着ける土地に出会ったら、料理屋でも開いてみたいな。これでも冒険者として、いろんなところのうまい料理、食ってきたからさ」

いままで流されるまま生きてきた男の、初めての夢に、アロンは大きく頷く。

「あぁ、楽しみだな」

視線を交わし合って、面映ゆそうに笑い合った。




さて、アロンとルツを見送ったあとの魔物の村。マドが気持ちよさそうに伸びをする。

「ふ~出て行ったな」

「あぁ。じゃあこいつよろしくな」

猫のように首根っこを掴んで差し出された赤ん坊に、マドはぎょっとして見せた。

「はぁ?頼まれたのはお主だろ?やけにすんなり引き受けたかと思ったら、そういう魂胆か!わしは子守などせんぞ!?」

盛大に首を振るマドに、オカシラはケラケラ笑う。

「冗談だよ。こうしねえと里親を見つけるまで、あいつらが居座るだろ?」

そういいながら、赤ん坊を地面に降ろす。まだ自力で立てない魔物の子は、それでもよたよたと四つ足で動き始めた。

「よしよし。そもそも魔物は親がいなくても育つんだ。

生き延びられなかったらそれまでさ。


えーっと、で、で…」

名前なんだったっけ?とオカシラがマドを振り向くが、彼女もなんじゃったっけ?と首を傾げている。

「デュクなんとかだったような?」

「あぁそれだ。強く生きろよ!デュク!」


それから何年も後、遠くの地で魔物全員の頭領である魔王が、勇者によって殺された。

国中に散らばっていた魔物たちにもその知らせはすぐに伝わり、オカシラは舌打ちをする。

「人間は本当に碌なことをしねえな。ちょっと暴れてやるか」

「何をするんじゃ?」

村のナンバー2であるマドが、毒でも入っていそうな色の鍋をかき混ぜながら尋ねる。

「人間の村を制圧する。このあたりに魔物が住んでるのは昔から知られてるからな。攻め込まれる前に攻めてやる」

「ほう。ふふ、面白そうじゃな」

離れているとはいえ、魔物にとって魔王は絶対的な存在で、この世界になくてはならないものだと思っている。それを悪の権化だ何だと、勝手な理由をつけて排除した人間に、オカシラは怒っていた。

一方のマドだが、これまで戦いらしいことをしたことはなく、魔術の実験ばかりしていたので、元人間ということをすっかり忘れたような顔でニヤリと笑う。

「おい!村のやつらを集めてこい!」

「腕が鳴るのぅ」

そうして近くの村を制圧に向かう途中、森で自我をなくしている大きな魔物をマドが見つけて、昔の記憶を引っ張り出し、デクと名付けて、お供に加えたのはまた別の話である。



~END~

あとがき

最後まで読んでいただきありがとうございました。

サイトの引っ越し祝に(?)何を書こう?と考えた末に、「ある教会での話」に登場する魔物デクの誕生話にしようということなりました。途中で気づいた方、ありがとうございます流石です!

そして相変わらず遅筆ですみません。どうにか2022年中に完結できてよかったです。しかもいい夫婦の日。おめでたいですね!

この話を完成させたら引っ越し作業するぞ!と思っていたので、今後は過去作を投稿していこうと思っています。古いお話になってしまいますが、またお時間があったらときどき覗いてくださると嬉しいです。

2022/11/22  taka


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