「俺が欲しいのは、子じゃない。
その人間だ」
アロンの言葉がカシラの脳に届いて、その意味を理解するのに、普段の彼なら一瞬もかからなかっただろう。しかしその時ばかりは、自分の種を残そうという本能が勝ってしまっていた。
魔物の誰かが「あ」と声を上げる。
ようやく事態に気づき、アロンを警戒したが、
音もなく背後からやってきた者によって、すでに、カシラの頭と胴は切り離されていた。
眼光鋭くアロンを見据えたまま、どん、と頭が鈍い音をたてて落ちる。
「一丁あがり~」
落っこちた頭を、魔物たちがあんぐりと口をあけて見つめる中、大きな斧を造作もなく担いで笑っていたのは、ここのナンバー3だった。
「か、カシラが、死んじまった…」
「おい」
誰かの呟きに、ナンバー3の魔物、バサラは低い声を出す。
「お前ら、今の見てただろう。もうこいつは「カシラ」じゃない。
死人じゃカシラは出来ないよな?」
バサラの言葉に、魔物たちの背がぴっと伸びる。
「カシラの交代だ…。じゃあバサラがカシラだ!」
「死んだこいつの名前なんだったっけ?まぁいいや!新しいカシラ、万歳!」
あちこちで万歳と叫び、敵意がないことを示す魔物たちを睥睨して、バサラは「ふふん」と口の端を上げた。
「同じ呼び方なのは、なんか嫌だな。俺のことは「オカシラ」って呼べ。いいな」
「おぉ、オカシラ!!万歳!万歳!!」
オカシラとなったバサラは、他の魔物たちに解散を告げた。人間をどうするのか気にしている者もいたが、オカシラのひと睨みであっさり退散していく。それだけナンバー1というのは権力があり、知性の低い魔物たちにとって絶対に逆らってはいけない相手なのだ。
魔物たちがいなくなって、アロンはようやく動いた。ルツに覆いかぶさったまま死んでいる元カシラを退かす。ずるりと、ルツに入ったままだったものがやっと出ていった。
「は、はひっ、ヒィ、ッ」
「うぉ、まだ出てやがる」
新オカシラがひょいとのぞき込んで、首を無くしても未だに硬さを失っていないそれに顔を引き攣らせる。
「…種を残す本能なんだろうさ。おい、おい、ルツ。わかるか?」
「あう、うぅ、…」
「マド!出て来い!こいつをどうにかして…、ヤベッ」
振り返った途端、オカシラは肩を竦ませた。後ろでは怒り心頭のマドが腕を組んでいつのまにかそこに立っていた。
「殺すなって言わずとも、わかっているだろうと思ったんだが??」
深手を負った魔物をマドが欲しがっていたのを、もちろん彼だって知っている。しかも「協力しろ」と言って密かに元カシラの頭がぼんやりする魔法をかけさせていた。この流れで彼女が期待しないほうがおかしい。
「あ~…悪い。」
これは分が悪いと判断して、素直に謝る。マドはそれ以上なじる言葉は言わなかったが、怒りはまだ治まっていないようで、その辺の草を蹴りつけた。
新しいオカシラと、マドの様子、そして口枷を外してもなかなか目の焦点が合わないルツ。彼らをアロンは順番に見たあと、静かに言った。
「マド。俺と交換しよう」